WEBではなくLIVEな人のつながりで満席御礼~沖縄料理 ゆがふう(東京都 江戸川区)~

WEBではなくLIVEな人のつながりで満席御礼
沖縄料理 ゆがふう(東京都 江戸川区)

取材・文/佐々木美香(サリーズ)

■インターネットだけでは探せない、評判のライブ

沖縄料理をテーマにした飲食店は、東京にも数多くある。夏の記事だし、三線を聴かせる店を探してみたものの、演者を招く店は意外と少ない。多くの店ではスタッフが手の空いた時に演奏したり、客が自由に楽器に触れたりして演奏できるスタイルだ。確かに、そんな風にざっくばらんな雰囲気の方が、‘沖縄っぽい’のかも知れない。
取材先選びに難航する中、毎月数回のライブを10年近く行ってきた沖縄居酒屋の口コミ記事がインターネット検索で見つかった。今回取材した沖縄居酒屋「ゆがふう」だ。店にはHPもSNSもない。いずれにしても情報不足ゆえロケハンに足を運ばなくてはいけない。
最初に訪れたのは金曜の夜。カウンターを含めて30席ほどの店内、開店一番乗りの客となったが、2時間弱の滞在中、筆者の後に訪れた客は2組のみ。不安に思いながら軽く食事をし、ライブ予定の情報を得て、店を後にしたのだった。
不安が杞憂だとわかったのは、ライブの3日前に席を予約するため店に電話を入れた時。1人客の席くらいどうにかなろうと考えていたが、そうではなかった。

 

イチャリバーズアルバム ゆがふう壁はり

 

ロケハンに訪れたその日。一見客の筆者を含め、料理を運びながら客に話しかける女性がいた。店のママである、沖縄出身の仲宗根さんだ。厨房には2人のスタッフがいて、チャンプルーや揚げ物など沖縄の家庭料理を作っている。メニューの種類は多くない。接客は、ふだんはママだけ、ライブの日はもうひとりスタッフが増える。
手持無沙汰な一人客に絶妙なタイミングで声をかける様子を、さすがプロの仕事と言ってしまえばそれまでだ。その接客力をもってしてライブを満席にしても、期待外れなら何年も続きはしない。店は開店して10年、ライブを始めて8年。月に2~3回程度のライブを行っているが、演者によっては毎回ほぼ満席で、当日の客が次回の予約をして帰るためますます席が取れない状態になっている。何がそんなに楽しいというのか、誰だって気になるだろう。
次のライブは翌週と翌々週の水曜日で、翌週水曜日はもう席がいっぱいになりつつあるので早めに連絡をとママに告げられた。半信半疑で翌々週水曜日の3日前に電話を入れたら、「お一人ね?なら大丈夫。来て」と返ってきた。一人なら・・・? そう、もうカウンター席しかない。2週連続でほぼ満席ということだ。

 

そしてライブ当日。
およそその外観からは想像ができないほどごく普通の居酒屋の店内で、満席の客が総立ちで踊りまくるという状況が訪れたのである。

 

■おそろいのTシャツは店が用意した非売品
ランチ営業後のアイドルタイムがない店では、早い時間に訪ねなければ話を聞けないことも多い。ライブは20時スタートだが、この日も開店直後に入店してみたら、口開けの客はすでにグラスを傾けていた。
演者は沖縄POPの2人組、「イチャリバーズ」。三線と二胡を弾きこなすマッシー豊岡と、ラジオ沖縄の番組でアシスタントも勤めるシーサー玉城が歌う。8年前、ゆがふうライブが始まって以来の常連バンドで、この4月にメジャーデビューを果たしたばかりだ。

 

19時に近づくと入店客が増え、予約のない客も何組も来て、そのたびにママが断りと謝りに出ていく。そんな状態の中、イチャリバーズの2人が機材を持ってやってきた。

 

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ステージを囲む席の正面に常連客。演者の2人もセッティングをしながら、気軽な会話を交わしている。おそろいの名入りのTシャツはママが用意したもので、ライブを盛り上げたいと考えた。「買ってもらっても、仕事の帰りに持ってきてもらうのは大変だし、終わったらうちで洗濯すればいいし、みんなで使えるしね」。プリントされている文字は、どの出演者にも対応できるように、バンド名ではなく店の名前だ。ちなみに、ゆがふうとは沖縄の言葉で、「世果報」と書く。世界の平和や人々の豊かさを意味し、願う言葉である。
カウンターに座る筆者のとなりには常連客がいて、「前回のライブは座敷席が全員女性客だった」と教えてくれた。愛想良く面倒見のいいママがいる居酒屋は、今や男性客ばかりのものではないのだ。

 

ゆがふう2

 

■ライブの本当の主役は、元気な女性客
開演の20時を10分ほど過ぎたが、まだライブは始まらない。音合わせも声出しもとっくに終わっている。予約済みの最後のひと席の客が到着するのを待っているのだが、誰も怒らないしイラ立ちもしない。時には数時間、待たされても待たせても気にしないという‘沖縄時間’が、店内に流れているのだろう。

 

最後の客がようやく訪れると、シーサー玉城のMCからライブが始まった。デビューアルバムからの曲、誰もが知っている曲、沖縄民謡など交えて6曲。そして最後の曲は「なんくるないさ」、その言葉の本当の意味を説明する。

 

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最近ではどうにかなるさ、なんとかなるさとお気楽な意味で使われがちだけれど、本来の意味はちょっと違う。「どんなに苦しい状況にあっても、誠実に力を尽くして取り組むこと、そうしたらもうあとは落ち着くべきところに落ち着くのだから」という前提がある。ベストを尽くしたらなるようにしかならないし、なんとかなるものさ、という励ましの言葉なのだという。何も努力しないで口にする「なんくるないさ」は使い方が間違っているのだ。
そんな話をしながら始まった曲「なんくるないさ」。数年前の動画だが、ゆがふうで行われたライブの同じ曲を紹介しておこう。

 

 

「彼氏と別れても彼女に振られても、会社を辞めても仕事が決まらなくても、なんくるないさ。あなたにもっといい人が、良い場所がつながっている」という。上り坂の次は下り坂だし土砂降りの次の日は日本晴れなのだからと歌い上げる。
シーサー玉城が「一緒にー!」と声をかけると、客席から「なーん・なーん・なんくるなーいー」と大合唱が集まり、客が踊り出す。酒を酌み交わしながら歌い踊る様は、沖縄の言葉で言う、「カチャーシー」という状態だ。

 

ゆがふう踊り P1200018

 

前の曲からちらほらと踊り出していた客につられて、最後の曲では全員総立ちになって踊り出す。この日、初めてライブに来た客も、他の客に手を引かれ背中を押されて踊りに加わる。大変な盛り上がりになってきて、筆者も踊りの輪に引きずり込まれそうになったが、今日は仕事だ。いやはや、ただただ驚く。毎回満席になるわけだ。客席の半分が、仕事を終えて仲間や友人と訪れる女性客だということもよく理解できる。ここは働く女性の共感を引き出し、ストレスを発散する場所なのだ。そして、機嫌のいい女性客の集まる店は男性客にも評判が良いという、業界の法則通りでもある。

 

■宣伝よりも人のつながりを優先する
ライブは第二部があり深夜まで続くが、遠方に住む筆者はここで店を出なければ途中で電車がなくなる。1000円分のライブチャージ込み、客が好きなものをオーダーする食事と飲み物がついた格安の料金を支払って店を出ると、ママの仲宗根さんが一緒に外へ出てきてくれた。
この静かなたたずまいの店で熱狂的なカチャーシーが起きているとは、知らない人には想像できないだろう。

 

ゆがふう3

 

ここまで2時間弱かかる筆者宅よりさらに遠方に住む常連客が何人もいること。
沖縄出身の客は少ないこと。
一人客、初めての客には店で友達ができたら嬉しいと思っていること。
演奏者はプロモーター経由ではなく人のつながりで知り合っていること。
人気がいまひとつの演者の時はママ自身が予約獲得を頑張っていること。
空席のままライブをすると演奏者ががっかりするし盛り上がらないから、時間を押しても待っていること。
もともとライブは毎週金曜日だったけれど、金曜だと盛り上がり過ぎて一般のお客さんが困るのであえて平日の真ん中にライブ予定を持ってきたこと。
ライブチャージに店の取り分はないこと。
イチャリバーズは人気がありすぎて毎回満席になってしまうので、8月の開店10周年記念イベントは3日連続で行うこと。それすら席がなくなりつつあるので、宣伝はしなくてもいいと思っている・・・等々。
そんな話をしながら見送られて、店を出たのは21時半過ぎ。道すがら、足早に帰宅を急ぐ人々の姿が、他人ごとのように映る。店から5分もかからずたどり着いたJR総武線平井駅は、沖縄時間との時差ぼけを解消するには、少し近すぎたようだ。

 

沖縄料理 ゆがふう
東京都江戸川区平井3-25-7
03-6807-0115

 

イチャリバーズ
http://www.geocities.jp/toyobox1/icha/icha_profile.html