人寄せではなく、顧客満足のための「アクロバティカ」~ピッツェリア エン(東京都 西東京市)~

人寄せではなく、顧客満足のための「アクロバティカ」

ピッツェリア エン(東京都 西東京市)

取材/佐々木美香(サリーズ)

 

■子供も大人も楽しめて、雰囲気を壊さない

約束の時間よりだいぶ早く店に着いてしまったので、少し離れたところでエントランスを見守ることにした。

東京郊外の駅前徒歩1分の立地、隣は人気の回転すし店とハンバーガーショップ。

夕方17時半過ぎ、食事の店を選んでいるつもりもなくぶらぶらしている数組が、うわさをしながら店の前を通り過ぎる。

「ここ、美味しいんだよね」あるいは「この前、ここ来たんだ」・・・楽しそうな響きの言葉が交わされている。

その店、ピッツェリア エンは2013年8月、東京・保谷駅前にオープン。地域の人々に愛される店へと成長を続けている。

18時、店におじゃまして、空いているうちに写真と動画を撮らせてもらうことにした。

お目当ての料理人は、ピザ回しの技術でテレビ出演経験もある赤坂竜治さん。

ピザ釜前の調理台で仕込みをしつつ、オーダー中のピザを作っている。

 

 

調理人の技術を見せるガラス張りコーナーの設置は、特に小さい子どもが飽きないようにとの考えもあった。

料理を待つ退屈な時間、子どもが騒がないで済む工夫は、結果的にまわりの大人も親も気を遣わないで済むものだ。

席数20ほどの小さな店では、子供連れ客の雰囲気で、他の客にとっては居心地良くも悪くもなり、ひいては店の評判にもかかわってくる。だからと言って、子ども向けのエンターテイメントを用意するとなると、店全体のイメージが別の方向へ走ってしまうし、コストにも跳ね返ってくる。

子どもも大人も楽しめて、サービスの質を落とさず、店の雰囲気を壊さないという条件であれば、文化的背景に立脚するパフォーマンスが自然だろう。

ピッツェリアであれば、ピザ回しに行き着くのは必然的といえるかも知れない。

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特にリクエストをしなくても、ガラス越しに作業風景を見ることができる。

 

 

■時には店内に一体感も生まれるパフォーマンス

ピザ回しの技術をイタリア語では「アクロバティカ」と呼ぶ。近年、日本でも少しずつ認知されてきたが、ピザ職人の誰にでも簡単にできることではない。

「(ピザ回しのショーは)赤坂君の存在があってこそ。採用面接をした代表からそういう技術がある料理人と聞いていたので、だったらそれをお客様に披露する機会を作ろうと、当初から考えていました」と言うのは店長の八木澤寿光さん。しかし、赤坂さんはピザ回しの技術だけを買われて採用されたわけではない。

「何よりも、まず美味しい食事と十分なサービスを提供し、その上で、楽しんでもらえれば」と考え、ショータイムを設けたりはしていない。その代り、リクエストがあればピザ1枚の注文からでも、手の空いたすきに披露して見せてくれる。

 

取材当日は父の日の前日。

お父さんを囲むテーブルで満席になった時間帯に、アクロバティカのリクエストがあった。

 

 

突然のパフォーマンスに喜ぶ子供たち、カメラを向ける大人たち。

約10分のパフォーマンスタイムはお客様全体が手拍子を合わせて盛り上がり、ちょっとした一体感まで感じられるほどになった。

当方の想定以上の盛り上がりようだったが「お客さまによっては、逆にサーッと引いてしまう方もいらっしゃるので、空気を読みつつ気を遣います。自己満足になってはいけませんので」(八木澤店長)

逆に、貸切パーティの時にアクロバティカを行うと、大変に盛り上がる場合がほとんどだそう。お酒も入って「自分にもやらせて」という要望で順番待ちになるという。

 

 

■顧客満足度と回転率の両方を上げること

パフォーマンスの陰でスタッフのひとりがテーブルの様子をうかがい、奥では店長と別のスタッフがテイクアウト注文のピザを用意したり、次の料理の準備をしたり忙しく動いている。ワインも食事も進まなくなってきたテーブルには、皿に残っているピザをお持ち帰りに包みましょうかと声をかけに行く。

19時すぎ、満席になったところで続いて来店した2組が、当日の少し遅い時間を予約して出直すことになった。そのためには、現在のお客様の料理が遅れてはならない。満足して席を立ってもらうため、細かいところまで気配りを欠かせない。小さな店だから運営しやすいなどということはなく、小さな店だからこそ回転を上げないと維持できない。

この日、ディナーの予約は5組ほど。20席の店にこの予約数は少ない方ではないだろうが「まだまだ、こんな状態ではやっていけません」と八木澤店長。今日の客入りと盛り上がりからは考えられないほど、オープン当時は、厳しい状態が続いていたという。

 

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駅前ビルの入り口という場所で、ウエイティングスペースがない。それでも予約して出直す客も多い。

店内はオーダーでフル回転中だ。

 

 

■集客目的ではなく、ただひとりのリクエストのために

ピッツェリア エン、先行店のトラットリア エンの経営者である涌井康年代表と八木澤店長は、もともと同じ店で働いていた仲間だった。先に独立した涌井代表が立ち上げたトラットリア エンは順調に推移し、2店舗目として手掛けることになったピッツェリア エンを任されたのが八木澤店長だった。

都心と同じクォリティの料理を、低価格で提供することをコンセプトに据え、高いレベルの技術を持つ調理師を求めていたところ、涌井代表が恩師から紹介を受けて、ピザ職人でもある調理師の赤坂さんを招き入れることになった。

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店長の八木澤さんは30才。学生時代に飲食業を志し10年近くになる。

 

オーナーの涌井代表は34才、八木澤店長は30才。

二人が出会い、働いていた店は、東京・恵比寿の個人経営の居酒屋だった。共に独立志向が強く、そして共に司馬遼太郎ファンである二人は意気投合し、その店で経営を学びながら、自分たちの店を持つために情報交換を続けてきた。

1年前の8月にスタートしたピッツェリア エンは、当初アルバイトを多く雇って運営していたが、なかなか利益につながらなかった。アルバイトという安い人件費で経営コストを吸収しようという目論見を手詰まりと考え、11月には人を入れ替えた。厨房から接客まで何でもできる社員2人と店長、ピークタイムをフォローするアルバイトで編成し直したのだった。

一見すると、時給制のアルバイトを正社員に置き換えただけに見えるかも知れない。しかし、人を重視した経営は、労働効率以上の成果をもたらすことになった。マニュアルに頼りがちなアルバイトよりも裁量権の大きい社員が、時にマニュアルを越えて「人対人」としてお客様とコミュニケーションを深めるようになると、会話が増えリピーターとなっていく。おしゃべりの好きな常連客には状況の許す限り話に付き合うし、時には常連客同士の人間関係ができあがるほどになった。

このコラム冒頭に記した、通行人が楽しげに口にした言葉「この前、ここ来たんだ」は、リピーターが連れてくる潜在的新規顧客の存在を示しているのだ。

 

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デリバリーより安く、味は比較にならないほど上のピザはテイクアウトでも人気だ。

 

「大切な人を連れてきてくれたお客様に、恥をかかせないように」(八木澤店長)

そして、常連客にとって、ちょっと自慢の店になるように、顧客満足度をもっともっと向上させたい。

店の提供するパフォーマンスは、目先の「集客」というソロバンづくで始めたことではではない。人寄せのためのショータイムではなく、たった一人のリクエストに応えて演じられる、計算外ともいえる貪欲なサービス精神こそ、新たなリピーターを生み出しているのだろう。

 

ピッツェリア エン

東京都西東京市東町3ー13ー21ソレイユ保谷2階

電話・Fax 042-439-9173

http://www.pizzeria-en.com/

 

【ライタープロフィール】

佐々木美香

出版社勤務、フリーライターを経てコンテンツ企画制作事務所「サリーズ」設立。

国内旅行ガイド制作のため、関東近郊の飲食店取材を重ねる。東京都在住。

http://sallys.jp/